平成生まれのゲーム機達を振り返る~ソニー編~【平成レトロ】

どうも、ほんまぐろです。

先日は平成レトロブームに乗っかり、平成に生まれ平静を生きた愛すべき任天堂ゲーム機達を紹介する記事を書きました。

そんな平成を盛り上げてくれた任天堂ですが、この時代にはもう一つ大きなファクターが存在しました。

それがソニーです。

今回はそんなソニーが発売してきた、任天堂と双璧をなすと言っても過言ではないゲーム機達を振り返っていきたいと思います。

 

PlayStation(平成6年)

ソニーが発売した記念すべき最初のゲーム機にして伝説の始まりとなった一品。

当時任天堂一強とされていたゲーム業界への、家電メーカーに過ぎないソニーの参入は自殺行為に等しいとまで言われ、誰もが失敗するだろうと考えていました。

しかし、蓋を開けてみると評価は一転。

初代プレステは多くの人々から愛されるような名ハードとして以降のゲーム業界を牽引する存在となったのです。

このヒトカゲ一匹でハナダジムまで攻略しろレベルの無謀な挑戦を成功させた秘訣は、プレステが持つ様々なスペックに由来します。

まずはやはりグラフィック性能。

当時2Dドットは任天堂を筆頭とした企業達の研鑽で既に極限まで研ぎ澄まされており、技術やノウハウが無いと立ち向かえないのが現状でした。

そこでソニーは当時既存企業が苦手としていた3Dポリゴンに目をつけ、それに関する技術をプレステに限界まで詰め込んだのです。

プレステ発売からたった2週間で登場したフロムソフトウェアの処女作「キングス・フィールド」等、今まで経験したことがない3Dのゲーム性に当時のプレイヤーは驚愕。

ゲームに新たな歴史の1ページが追加された瞬間です。

それが極まったのがみなさんご存じ「ファイナルファンタジー7」

今でこそ拙いポリゴンですが、当時の技術で言えば考えられない程にきれいなCGに多くのゲーマーが衝撃を受けました。

それだけのグラフィックやBGMを誇りながら、ソフトの定価がスーファミから半額近く安いという点も大きな衝撃。

セーブ機能もメモリーカードの登場によりグッと利便性が向上。

カセットに向かってフーフーする文化は0%0%0%の悪夢と共に終わりを告げました。

これらにより各社サードパーティも軒並みPSへの参入を果たし、「バイオハザード」や「ドラゴンクエスト7」のような超ビッグタイトルから、「鈴木爆発」や「せがれいじり」等の何かがおかしい珍タイトルまで非常に多くのゲームが登場し、以降はゲーム市場を一気に牛耳るまでに成長を遂げる事になります。

 

PlayStation 2(平成12年)

圧倒的なスペックと流通形態、価格の安さでゲーム業界の中でも屈指の存在へと成長したソニーとプレイステーション。

発売から6年が経ち、そんなプレステの勢いを決定づける後継機が満を辞して登場します。

それが「プレイステーション2」

ただでさえ驚異的だった初代プレステのグラフィック能力は更に向上し、当時の技術では考えられないリアルな描写に多くの人々は度肝を抜かれました。

更にプレステ2を不動の存在へと押し上げたのが「DVD再生機能」

発売された2000年当時はまだDVDがそこまで普及しておらず、DVDプレイヤーを買うとなると5万円以上はするかなり高価なシロモノでした。

しかしこのプレステ2、DVDプレイヤーと同じ機能を有しているにも関わらず価格は3万円ちょいと、通常のDVDプレイヤーを買うよりも遥かに安く済んだのです。

ただでさえ最高品質のゲームが遊べるというのにDV Dまで鑑賞できるという事もあり

ゲーマーだけでなくゲームに触れたことのない一般層までが熱狂。

発売日は各地で長蛇の列ができ、ニュースで連日取り上げられるほどの社会現象を巻き起こしました。

国民的RPG新作となる「ファイナルファンタジー10」や「ドラゴンクエスト8」等の人気シリーズは勿論、「ペルソナ3・4」のように以降のシリーズの方向性を決定づけたもの、「真・三國無双」や「龍が如く」、「デビルメイクライ」、「ディスガイア」等の今尚シリーズとして愛されるもの

etc…

非常に多くの名作が生み出されました。

このPS・PS2の頃が自分にとってはゲーム黄金期だったと思います。

 

PlayStation Portable(平成16年)

PS2以降ゲーム業界を牽引する存在にまで成長したソニー。

しかし携帯ゲーム機市場に関してはライバルである任天堂の「DS」が圧倒的シェアを誇り、なかなか手を出せずにいました。

そんな牙城を崩すべく投入されたのが「PlayStation Portable」

DSが2画面やタッチ操作を活かした斬新なゲーム性で一般層をターゲットとする一方、このPSPは既存の携帯機を遥かに上回る圧倒的スペックにものを言わせた驚異的なグラフィックでコアゲーマー層を狙い撃ちにしました。

初代PSを携帯機として遊べるという事

夢中で遊んだテイルズオブエターニアが外でも遊べるという事に当時は本当に衝撃を受けたのを覚えています。

 

そんな圧倒的スペックを誇りながらも携帯機特有の手軽さはそのままとなっており、友人と気軽にハイクオリティな通信プレイを楽しめたのも大きなポイントです。

その最たる例がカプコンから発売された「モンスターハンターポータブル」

  • モンスターを繰り返し狩るというゲーム性
  • 他人と協力して狩るというアクション性

が、「携帯機ながら高スペック」なPSPと完璧に合致した事により、当時の中高生を中心に大ヒット。

当時マイナー作品だったモンハンを一躍カプコンの看板作品にまで押し上げました。

特に2ndG、そして3rdが発売した時の熱狂ぶりは本当に凄かった。

こうして、高スペックから生み出されるゲームという「本来のゲーマー層」が大喜びするゲーム性を実現したPSPはコアゲーマー層にとって必需品ともいえる程に無くてはならない存在へと成長していったのです。

 

PlayStation 3(平成18年)

PS2、PSPと立て続けにゲーマー層のハートをがっちりキャッチしたソニー。

その流れを途絶えさせない為、更なる後継機「PlayStation 3」を投入します。

この頃になるとソニー=性能(主にグラフィック)という認識が世間の中では出来上がっており、PS3への期待とハードルは相当高くなっておりました。

PS3はそんなハードルを舞空術で飛び越えるが如くの性能を誇り、HDMI端子やブルーレイディスクによるHD画質等、そのグラフィックは既存のゲームとは次元の違う美麗さを誇りました。

しかし、そんなPS3は出だしで大きく失敗する事になります。

1つ目の理由は「価格」

初期型の価格は6~7万と非常に高価で、せっかくPS2やPSPで増やした一般層・ライトゲーマー層が気軽に手を出せない状況を作ってしまいました。

2つ目の理由が「製造数」

ブルーレイドライブの製造等に非常に時間がかかってしまい、発売日当時の出荷台数は約10万台とPS2の初期出荷台数と比べて約10分の1程度と非常に少ない数字でした。

この異様な台数の少なさは発売当時も大きな問題となり、少ない在庫を巡って血みどろの争奪戦が繰り広げられたのです。

「物売るっレベルじゃねーぞ!」

という格言はここで生まれました。

そんなスタートダッシュで失敗してしまったPS3ですが、その後は価格を下げたアッパー機を投入する等で順調に売り上げを伸ばし、ライバル機である「wii」がDSと同じく斬新なゲーム性を売りにしたライト層向けであることもありゲーマー達を中心に無くてはならないハードへと成長しました。

「ファイナルファンタジー13」や「アンチャーテッド」、「The Last of US」のようなグラフィックを極限まで高めた映像美を誇る作品

「デモンズソウル」、「ダークソウル」と言ったコアゲーマーすら唸らせる難易度のゲーム等、実に多彩な作品が生み出されました。

特にPS3では、その超スペックを活用した「広大な空間を自由に探索できるゲーム」

いわゆる「オープンワールド」のゲームが非常に盛り上がりを見せ、日本でも「The Elder Scrolls」や「ASSASSIN’S CREED」等、洋ゲーのオープンワールドが市民権を得だしたのも大きな特徴と言えます。

PlayStation VITA(平成23年)

据え置き機ではwiiと住み分ける事で着実にシェアを確保していったソニー。

次にDSに大きくシェアを奪われていた携帯機市場を奪い返すべく、新たなハード「PlayStation VITA」を投入します。

元々高かったスペックを更にアップ。

更にタッチパッド・背面タッチパッドやジャイロセンサーを加え、DSが得意とする「斬新なゲーム性」も取り込んだ盛り沢山なハードとして生まれました。

特にグラフィックは圧巻の一言で、PS3と比べても遜色ないレベルの画質という衝撃的なクオリティを誇りました。

ローンチソフト(本体同時発売ソフト)である真・三國無双NEXTの時点でこのクオリティ。

 

しかし携帯機としては高価な価格や、既に「携帯機はライト層、据置はコア層」という住み分けがほぼ出来てしまっていた事、背面タッチパッド等のギミックが3DSの裸眼立体視と同様に上手く活かされなかった事、

更にモンスターハンターのようなキラータイトルが不足していた事などからPSPのような好調さを維持することが出来ず、結局は同世代機である3DSにシェアを奪われる形となってしまいました。

ただ、それでも「PS3レベルのソフトを気軽に遊べる」という特徴は非常に大きく、「ペルソナ4G」や「討鬼伝」、「ソウルサクリファイス」と言った名作・名リメイクを多く輩出しました。

特に初期型の特徴の一つである有機ELディスプレイは途轍もなく綺麗な画質を誇り、それを活かした朧村正は最早芸術の域に達しています。

 

好きな人であれば確実にハマれるハードでしたが、とにかく時代が悪かった、というのが個人的な印象です。

 

PlayStation 4(平成26年)

ソニーによる平成最後のハード。

PS3発売時の大騒動を反省し、十分に在庫を確保しつつ、発売日を国ごとに分けて発売する事により非常にスムーズに購入する事が出来ました。転売ヤーマジザマァ

PS3を更に進化させたスペックはゲーム史における「一つの完成形」と言ってもいいレベル。

更にシェア機能を活用したSNSへの投稿機能やスムーズなオンライン機能・チャット機能等、昨今のSNS事情を上手く活用した機能も大きな特徴です。

そんな安定したスペックと市場に誘われ、PS3の頃は引き気味だったサードパーティも軒並み復帰。

久しぶりの本編となる「モンスターハンターワールド」やPS市場としては10年振りにもなるドラクエ作品「ドラゴンクエストヒーローズ」等が発売されました。

 

更にCSゲームとしてはほぼ初となるVRゲーム「PSVR」も発売。

没入感は非常に素晴らしく、エースコンバット7はその圧倒的臨場感と迫力に息をのみました。

 

ただ、ダメな人は本当にダメなレベルでVR酔いが酷いのが大きな問題。

そのせいで発売日に買った自分も一か月で誇りを被る事に…。

そんな形で様々な時代に沿った変革を遂げたPS4は、令和になった今PS5へと受け継がれています。肝心のPS5は性能以外で色々と問題を抱えていますが

 

総評

以上が各メーカーの振り返りとなります。

任天堂もソニーもこの30年間で本当に多くのハードを生み出してくれました。

それぞれ大なり小なり浮き沈みはあったものの、結果として子供のおもちゃ程度の認識だったゲームという存在を社会的に当たり前の存在にしてくれたと思います。

 

時代は空いた時間に手軽に遊べるソシャゲが中心となっていますが、それでも昨今のswitchブームで徐々にですが再度の盛り上がりを見せているようにも感じます。

これからもswitchとPS5、そして第三勢力であるXBoxも踏まえた陣営でゲーム業界を盛り上げていって欲しいものです。

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